DRAM・フラッシュメモリ等半導体製造大手のマイクロンテクノロジー社(MU)がさる米国時間9月25日取引時間終了後(After Market Close=AMC)に決算発表を行い、株価は翌日、終値ベースで約15%上昇した。
一方、これに先立つ米国時間8月1日AMCのインテル社(INTC)決算発表では、株価が翌日、終値ベースで約26%も下落し、株式市場全体に波及するほどのインパクトがあった(インテルショック)。株価は基本的に市場に流れる情報を合理的に織り込んでいくため、決算発表という不確実性の高いイベントにおいても、事前予想・うわさなどをすでにある程度織り込んでいる。しかし、新しい材料が出れば株価は一気に動く(巻き戻される)。
問題は、その材料がポジティブなのかネガティブなのかはわからないということである。予想できること・うわさ、コンセンサスは織り込まれるので、この時点で未知の新材料がポジティブ・ネガティブどちらなのかを予想することは意味をなさず、どちらかにかけるのは結局のところギャンブルである。MUは約15%上がった。INTCは約26%下がった。決算発表というイベントで株価が上がるか、下がるかなど誰にもわからない。
しかし、このような決算発表というイベントは、株価が上がるか下がるかはわからないが、未知の材料が出て、株価が大きく動く可能性が高い場面である、とは言えるだろう。このように不確実性が高い場面は一般に株式投資を控えるのが一番とされるが、むしろこのような方向性を問わず大きく動く可能性の高い場面で機能する投資方法(Vehicle)が存在する。
個別株オプションを利用したロングストラドルである。簡単に言えば、MUのコールオプションとプットオプションを買う、INTCのコールオプションとプットオプションを買うという非常にシンプルな両建て取引である。決算がAMCであれば、決算発表当日引けまでにオプションを仕込む(cf.取引開始前=Before Market Open=BMO銘柄では前日)。権利行使価格は株価に近いもの(アット・ザ・マネー=ATMとよぶ)を選ぶ。決算発表前後の株価変動を狙うので、満期は決算発表後の直近のものを採用する。
では、まずはMUの決算発表前後の株価の動きを見てみよう。
【図表1】マイクロンテクノロジー社5分足
出所:Webull Desktop
時間外(AMC)の決算発表をうけて急騰している様子がわかるかと思う。上昇一方通行だったので、いわゆる逆指値でこれについていけばよいようにも見えるが、実際やってみるとこれがなかなか難しい。以下はApple社(AAPL)8月1日(AMC)決算前後の株価の動きである。
【図表2】アップル社(AAPL)5分足
出所:Webull Desktop
時間外に決算が発表されたところで大きなひげをもつ陽線を作ったのち一気に下落、その後切り返して急上昇と、買っては下がり、売っては上がるといった形になる可能性があった。このような動きについていくのはなかなか難しいことがわかるだろう。
さて、MUのロングストラドル戦略に話を戻そう。決算発表直前の引け間際に、一番近い満期のATMコールオプション、プットオプションを買ってみることにする。
【図表3】2024年9月25日マイクロンテクノロジー社(MU)2024年9月27日満期オプション価格表
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
上記は引け間際(3:59:30PM)のオプション価格表である。当時の株価は95.94ドルであったので、単純に最もその価格に近い権利行使価格96ドルのコールオプションとプットオプションを買ってみよう(株価上昇下落のリスクをニュートラルにするには厳密には権利行使価格は97ドルを使うべきだったが、ここでは株価に合わせることにする)。満期は9月27日のものを使う。
【図表4】MU2024_9_27C96(プレミアム4.8ドル)満期損益図
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
上記はMU権利行使価格96ドルのコールオプション(2024_9_27C96プレミアム4.8ドル)を1枚買った場合の満期損益図である。横軸は株価、縦軸は損益を表している。株価が上昇すれば利益(緑部分)が増えていく右肩上がりのグラフになっている。一方、株価が現在の水準(Current Spot)にとどまるか、下落すればマイナス(赤部分)に沈む。利益は右肩上がりで無限大だが、損失は当初支払った4.8ドル(実際には100株相当を取引するルールなので480ドル)に限定される。
【図表5】MU2024_9_27P96(プレミアム4.8ドル)満期損益図
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
こちらはMU権利行使価格96ドルのプットオプション(2024_9_27P96プレミアム4.8ドル)を1枚買った場合の満期損益図である。株価が下落すれば利益(緑部分)が増えていく左肩上がりのグラフになっている。一方、株価が現在の水準(Current Spot)にとどまるか、上昇すればマイナス(赤部分)に沈む。利益は左肩上がりで無限大だが、損失は当初支払った4.8ドル(100株相当480ドル)に限定される。
コールオプションもプットオプションも利益額は限定されないが、損失額は一定であることから、この2つのオプションを両方持った場合には次のような損益図になる。
【図表6】MU権利行使価格96ドルロングストラドル(支払額9.6ドル:最大損失額960ドル)
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
株価が上がれば上がるほど、コールオプションの利益はどんどん増えていくのに対し、プットオプションの損失は一定額にとどまる。逆に、株価が下がれば下がるほど、プットオプションの利益はどんどん増えていくのに対し、コールオプションの損失は一定額にとどまる。
そのため、上記のように、上がっても下がっても、ある一定のところを超えれば利益(緑部分)が出る形になるわけである。逆に、株価が動かなければ損失になる(赤部分)。最大損失額は株価が全く動かなかった場合に、満期時点で総支払額960ドルを失うということになる(実際には翌日マーケットがあいたところですぐに決済するので最大損失額までになることはない場合が多い)。
上記のような同じ権利行使価格のコールオプションとプットオプションを両方買うロングストラドル戦略は結局のところ「株価が上がるか下がるかを予想する」という通常の株式投資のリスクの取り方を、「株価が大きく動くか動かないかを予想する」というオプションでしか実現できないリスクの取り方に変換しているのである。
株価が上がるか下がるかを予想するのが難しいのと同様に、株価が動くか動かないかを予想するのも難しいのであって、戦い方が楽になるわけではない。ただ、オプションを利用することで、リスクの取り方のバリエーションが広がるのである。
ではこのポジションがどのようになったのかを見てみよう。9月25日引け間際にC96を4.8ドル、P96を4.8ドル合計9.6ドル(実際には100株相当で960ドル)で買う(ロングストラドル)。時間外に決算が発表され、株価は急騰し113ドルまで到達した。
オプションは時間外の取引ができないため翌日の寄り付き(米国時間9:30AM)以降に決済することになる。株価は112.92で寄り付いたが、このとき権利行使価格96ドルのロングストラドルは中値で16.91程度だった。
【図表7】MU決算前後5分足チャート
出所:Webull Desktop
【図表8】MU96ロングストラドルの価格変化とマーケットオープン直後の価格
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
ここで決済すれば、1枚あたり731ドルの利益になる(16.91−9.6=7.31 ×100)。960ドルを投じて731ドルものリターンを得たということだ(ROI≒76%)。
続いてインテルの事例も見てみよう。米国時間8月1日AMCの決算発表では、株価が翌日、終値ベースで約26%も下落した(インテルショック)わけだが、このときも同様に8月1日の引け間際に株価に近い権利行使価格のオプションを使ってロングストラドルを仕掛けてみる。
【図表9】INTCオプション価格表 29ロングストラドル=C29@1.33ドル+P29@1.14 合計2.47
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
引け間際株価29.17ドルのときに権利行使価格29ドルのコールオプション(1.33ドル)とプットオプション(1.14ドル)をそれぞれ4枚ずつ買う(MUの事例と投資金額を揃えるために4セットとした)。なおWebull証券では1回の取引で4枚以上ならば1枚あたりの手数料がわずか0.6ドルとなる。総支払額は9.88ドル(988ドル)であり、最大損失は満期まで引っ張りちょうど株価が29ドルで着地した場合に988ドルということになる(実際には、翌マーケットオープン時に手仕舞うのでそこまでの損失にはならないことが多い)。
【図表10】INTC29ロングストラドル満期損益図
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
上記の満期損益図によれば、下は27ドルあたりを割り込むか、上は31ドルあたりを超えてくれば利益になる可能性がある。果たしてインテル社の決算はいかに。
【図表11】INTC決算前後5分足チャート
出所:Webull Desktop
AI半導体対応への遅れによる業績悪化、コストカット人員削減、配当の停止とネガティブな材料から売られ、株価は25%も下落した。このとき29ストラドルはどうなったのだろうか。
【図表12】INTC29ロングストラドルの価格変化とマーケットオープン直後の価格
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
翌スタート直後、このロングストラドルは中値7.46程度で取引されていた。このタイミングで決済していたとすれば、1セットあたり499ドル(7.46−2.47=4.99 ×100)、4セットでは1,996ドルの利益になっていた。988ドルを投じて1,996ドルを得たことになる(ROI≒2.02%)。
もちろん、大きく動く可能性があるならばすでにオプション価格も高い(取引が成り立つにはこのストラドルの売り手が登場するまでプレミアムが高くなる必要があるからである)。これは、新しい材料が出る可能性についた価値(ヘッジコスト)ということもできる。よって、材料が出なかった場合には、皆が一気に売りに回るためプレミアムが剥げ落ちることになる。上記の2例は大きく動いた事例であるが、もし動かなかった場合には、投下資金の大部分を失う可能性がある。
ここでエヌビディア社(NVDA)の直近の決算を見てみよう。MUやINTCと同様に決算が発表される直前の8月28日の引け間際にロングストラドルを仕掛けてみる。
【図表13】NVDAオプション価格表126ロングストラドル=C126@6.85ドル+P126@6.75 合計13.60
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
【図表14】NVDA126ロングストラドル満期損益図
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
株価が125.95ドルだったので126ドルの権利行使価格でロングストラドルを組むことにしよう。合計額は13.60ドルだ(最大損失=1,360ドル)。上は140ドルを超えてくれば、下は112ドルを割り込んでくれば利益になる可能性がある。では決算発表の反応を見てみよう。エヌビディア社の8月28日AMC決算発表は市場予想を上回る数字が出ていたが、時間外取引で一時8%の下落、翌日は終値ベースで6%の下落となった。
【図表15】NVDA 8月28日AMC決算前後5分足チャート
出所:Webull Desktop
果たしてロングストラドルはどうなったのだろうか。
【図表16】NVDA126ロングストラドル価格変化とマーケットオープン直後の価格
出所:https://marketchameleon.com/Overview/MU/OptionChain/
翌スタート時、株価は4.8%ほど下落、120ドル前後であったが、このとき126ロングストラドルは中値7.75ドル程度まで下落していた。585ドルの損失である(7.75−13.60=-5.85 ×100)。エヌビディアショックとまではいかなかったものの、一般に5%近い下落は相当な規模の下落である。しかし、ロングストラドルは利益になっていない(むしろ大きな損失)。これはなぜか。
理由は、材料が出て大きく動くかもしれない、ということをオプション価格がすでに織り込んでいたからである。5%程度の変動は織り込まれていた、想定内ということだ。先のMUやINTCの事例は、決算をうけての株価変動が、オプション価格が織り込んでいた(予想)変動量を超えたから利益になったということだ。
このように、決算発表で未知の材料が出る可能性をオプションは織り込んでいるため、ストラドルは決して買いが有利だというわけではない。十分にオプション価格が高い可能性があり、株価が大して動かなければストラドルはその価値を大きく失うことになる(ストラドルの売り手が儲かる)。
ただ、ストラドルを買う場合(ロングストラドル)、損失は支払った金額を超えることはない(権利行使をした場合はこの限りではない)。リスクの取り方(選択肢)が増えることは、新しい投資機会を得ることにもつながる。しかも最大損失額がエントリー時点で把握できるというのも安心である。ぜひこのロングストラドル戦略に興味をもっていただき、仕掛る銘柄やタイミング、株価変動によるフォローの仕方などを研究してもらいたい。
株式会社M&F Asset Architect(オプショントレード普及協会)代表 守屋史章